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奈良地方裁判所 平成9年(ワ)643号 判決

原告 A野太郎

右訴訟代理人弁護士 田中啓義

同 藤田滋

同 松原脩雄

被告 奈良県

右代表者知事 柿本善也

右訴訟代理人弁護士 川﨑祥記

右指定代理人 石川雅光

〈他6名〉

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一原告の請求

被告は、原告に対し、金五〇〇万円及びこれに対する平成七年八月一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

本件は、原告が、傷害事件における現行犯逮捕は違法であり、右違法な逮捕及びこれを前提とした内容虚偽の広報文をマスコミ各社に配布されたことにより、精神的損害を被ったと主張して、被告に対し、国家賠償法一条に基づく損害賠償を求めている事案である。

一  争いのない事実等

1  原告(昭和三九年八月生)は、平成七年当時から現在まで、三郷町議会議員の職にある者である。

2  原告は、平成七年八月一日、奈良県橿原市内の長寿村の駐車場において、B山松夫(以下「B山」という)がC川花子(以下「C川」という)を車に同乗させて右駐車場に戻ったのを見てB山の車の前部を蹴り付け、同所からB山が車で逃走するのを自車で追跡して同市東坊城町六六七番地付近(以下「本件犯行現場」という)に至った。同所で、B山は車から降りてさらに逃げたが、原告は金属バットを持って車を降り、B山を追いかける途中、右バットでB山の車のフロントガラスを叩き割った。その後、原告は、B山との間でもみ合いとなり、その際、B山の左肩に噛みつき、金属バットでB山の口部を一回殴打するなどの暴行を加え、これによりB山に対し、加療約一か月を要する左肩咬傷、歯牙破折、急性歯髄炎などの傷害を負わせた(以下「本件傷害事件」という)。

その後、原告とB山はそれぞれの車に乗り、原告が先に出発し、B山がその後を追うような形で本件犯行現場を離れた。そのころ、奈良県警察本部通信司令室は一一〇番通報を受けて橿原警察署に対して現場に急行するよう指令を出した。奈良県警察本部機動捜査隊の巡査部長川本勝実(以下「川本」という)及び巡査志智則隆(以下「志智」という)は、東坊城町に隣接する慈明寺町内を車(以下「川本車」という)で窃盗のよう撃捜査中であったが、この無線指令を傍受して本件犯行現場に向かい、同所付近で原告車をB山車が追走するのを目撃し、後を追いかけて原告を停車させた(この場所については当事者間に争いがあるものの、原告が車を停止させ、警察官らとやりとりをした場所を、以下「本件逮捕現場」と呼ぶことにする)。原告は、その後本件逮捕現場に集まってきた橿原警察署の警察官の運転する車に同乗して同署に向かい、そのまま留置された。

3  川本及び志智は、同日、本件傷害事件に関し、逮捕の年月日時「平成七年八月一日午後二時四〇分」、逮捕の場所「奈良県橿原市雲梯町三三三番地の二 橿原市総合プール北側市道上」、逮捕時の状況「本職等が傷害の現行犯人として逮捕する旨告げたところ、『すいません』と言い素直に逮捕に応じた」などと記載して現行犯人逮捕手続書を作成した。

4  橿原警察署は、同日午後五時四〇分ころ、見出しを「傷害で町議会議員を逮捕」、被疑者を「奈良県生駒郡《番地省略》三郷町議 A野太郎 S三九・八・一一生三〇歳」、事案の概要を「被疑者は、平成七年八月一日午後二時三〇分ころ、橿原市東坊城町六六七番地先の市道において、自己が交際していた女性がAさんと交際していると邪推し、Aさんと口論となったが、Aさんが逃げ出したため、これを橿原市雲梯町三三三番地の二橿原市総合プール北側路上までAさんを追跡し、同所において、自己の車に携帯していた金属バットでAさんを威嚇しようとしたところ、揉み合いとなり、Aさんに左肩咬傷上顎部打撲・門歯切歯四本歯折の傷害を負わせたもの」、その他として「被疑者は、本年四月の三郷町議会議員選挙で初当選した」と記載した広報文を、マスコミ各社にファックス送信した。

5  原告は、平成七年一一月二日、奈良簡易裁判所において、公訴事実を以下のとおりとする略式命令(罰金三〇万円)の言渡しを受け、右略式命令は同月一七日確定した。

(公訴事実)

被告人は、平成七年八月一日午後二時三〇分ころ、奈良県橿原市東坊城町六六七番地付近道路上において、B山松夫(当時四二年)に対し、左肩にかみ付いた上、金属バットで口部を一回殴打するなどの暴行を加え、よって、同人に加療約一か月を要する左肩咬傷、歯牙破折、急性歯髄炎などの傷害を負わせたものである。

二  争点

1  原告の主張

(一) 現行犯逮捕の違法性

(1) 準現行犯逮捕の要件が欠けていること

準現行犯逮捕が適法とされるためには、①犯人として追呼されているとき(刑訴法二一二条二項一号)、②犯罪の用に供したと思われる凶器を所持しているとき(同項二号)に該当することが必要である。

そして「犯人として追呼されているとき」とは、その者が犯人であることを明確に認識している者により逮捕を前提とする追跡ないし呼号を受けていることが外見上明瞭である場合をいう。しかしながら、本件においては、原告とB山は、長時間の金属バットの取り合いの末疲れ果て、双方合意の下、本件犯行現場から場所を変えて話し合うために各自の車で移動中であり、原告は、B山が追随していることを確認しながら時速約一〇キロのゆっくりとしたスピードで車を走行させていたのであって、B山が原告を追跡していたものではない。また、B山は、途中で追い付いた警察官らに対し、「あの車や、捕まえてくれ」などと発言していない。したがって、原告は犯人として追呼されていたものではない。

また、原告は、本件犯行現場においてB山とのもみ合いをやめるに当たり、犯罪の用に供した凶器である金属バットを背後の車むらに投げ捨てており、本件逮捕現場において、右バットは原告運転の自動車内になかった。原告の自動車内で右バットを発見し、差し押さえたとする警察官らの供述及び差押調書は虚偽であり、B山の平成七年八月一日付け警察官調書でも、「当署(橿原署)司法警察員警部補寒川志朗が押収にかかる金属バット」と記載されているとおり、右バットは本件逮捕時とは別の機会に橿原署の警察官が押収したものと考えられる。したがって、原告は犯罪の用に供したと思われる凶器を所持していたものではない。

以上のとおり、本件において、準現行犯逮捕の要件は満たされていない。

(2) 準現行犯逮捕手続の執行がされていないこと

原告は、本件逮捕現場において、警察官運転の車に乗り込む際、逮捕される旨告げられておらず、犯罪事実の要旨及び弁護人選任権の告知も受けていない。さらに、連行される際手錠をかけられることもなく、橿原警察署に着いた後も、逮捕事実や弁護人選任権の告知はなく、所持品も押収されることなく、妻、知人に対して自由に電話をかけるなどしており、午後五時すぎころ、初めて弁護人選任権の告知を受けたものである。すなわち、原告は橿原警察署に任意同行したにすぎず、原告に対する準現行犯逮捕手続は執行されていない。

(3) 現行犯人逮捕手続書の内容は虚偽であること

警察は、準現行犯逮捕の要件は備わっておらず、現実にも逮捕手続は執行されていないにもかかわらず、後付けで適法な逮捕の外形を作出するため、内容虚偽の現行犯人逮捕手続書を作成した。

すなわち、本件現行犯人逮捕手続書には、本来二時四七分から五五分ころである逮捕の時間を「二時四〇分」と、橿原市運動公園南側である本件犯行現場を「橿原市雲梯町、橿原市運動公園西側」と、橿原市東坊城町六〇〇番地トキワプリント前路上である逮捕場所を「奈良県橿原市雲梯町三三三番地の二、橿原市総合プール北側市道前」と、奈良県生駒郡《番地省略》(三〇一号室)である原告の住所を「奈良県生駒郡《番地省略》」と誤って記載されている。

また、逮捕時の状況及び現行犯人と認めた理由についても、以下のとおり、虚偽の記載がある。

① 逮捕時の状況として、原告に対し逮捕する旨を告げておらず、したがって原告が「すいません」などと言うはずがないのに、「逮捕する旨告げたところ、『すいません』と言い、素直に逮捕に応じた」と記載されている。

② 原告車とB山車は、本件犯行現場を離れる際、他の場所で話し合う旨合意しており、B山車はフロントガラスが割れていてゆっくりとしか走行できなかったため、原告車もこれに合わせて時速約一〇キロで走行していたにもかかわらず、「猛スピードで追尾しているミツビシデリカ灰色」(B山車)と記載されている。

③ B山は、後から追い付いてきた覆面パトカーに対し、原告車を指し示しただけで、何ら被害申告していないにもかかわらず、「後続車であるミツビシデリカと並進走行し、助手席の窓から志智刑事が手を上げ、警察である旨告げたところ……あの車です、早く捕まえて下さいと申し立てた」と記載されている。

④ 本件逮捕現場において、原告車の中には金属バットはなかったにもかかわらず、「金属バットが一本あったため」「バットでどついたってんと傷害の犯行を認めた」と記載されている。

(二) 虚偽の広報文の送信

橿原警察署は、マスコミ各社に対して、でっち上げた準現行犯逮捕の事実を前提として、しかもことさら女性問題を強調した内容の本件広報文を送信した。本件傷害事件に至った原因は、知人として交際していたC川から勤務しているソープランドの店長から売春や覚せい剤を強要されるかもしれないと相談されて、C川と右店長の関係を断つよう尽力していた原告が、B山を右店長と誤解して暴行に及んだというものであるのに、警察は、交際していた女性が他の男性と交際していることに対する嫉妬から暴行に及んだものと考え、原告及び関係者の取調べに際し、そのような供述を押し付けた。これらは、当時奈良県知事選挙に立候補を表明していた松原脩雄の当選を妨げるためのものと考えられる。

(三) 損害

橿原警察署により送信された虚偽の本件広報文に基づいて、マスコミで大々的に原告の逮捕が報道され、右報道に影響された三郷町議会は、平成七年九月二一日、原告に対する議員辞職勧告を決議し、右辞職勧告もまたマスコミで報道されたことにより、原告は多数の支援者を失った。当時三郷町議会議員であった原告が右マスコミの誤報道及び議員辞職勧告によって被った損害は少なくとも五〇〇万円を下回るものではない。

これらの損害は、虚構の準現行犯逮捕という違法行為を行い、かつ、虚構の広報文を送信した警察官らによって生じさせられたものであり、右警察官らが所属する被告は、国家賠償法一条により原告の被った損害について賠償する義務を負う。

なお、逮捕・勾留・起訴から有罪判決に至るまでの刑事司法手続に違法があるとき、刑事手続における有罪確定とは別にその手続上の違法性を問題とすることは、国民の裁判を受ける権利の内容として許される。

2  被告の主張

(一) 現行犯逮捕の違法性について

(1) 川本及び志智は、よう撃捜査中に本件傷害事件を知らせる無線指令を傍受したことから、本件犯行現場付近に急行したところ、原告車及びB山車が相次いで三差路交差点を一時停止もせずに右折していくのを発見し、本件傷害事件の関係車両と判断して追跡した。そして、まずB山車に追い付き並走する状態で、志智がB山に対し警察手帳を示して「警察や」と言ったところ、B山は「あの車や、捕まえてくれ」と言って先行する原告車を手で示す合図をし、口元には血痕も見えたことから、先行する原告車が被疑者であると判断して、サイレンを鳴らし、マイクで「警察です、止まりなさい」と停止を命じながら追跡し、原告車を停止させた。このように、川本及び志智は、B山車と並走した際に、B山から原告の追呼を引き継ぎ、更に追呼を続行したということができ、しかも本件傷害行為と時間的にも場所的にも近接していて、本件犯行現場からの追尾・追呼との間に継続性が認められるから、原告は「犯人として追呼されているとき」に該当する。

また、志智が、本件逮捕場所において、原告に対して人定質問等していたところ、助手席シートに立てかけるようにして金属バットが置かれているのを見つけ、原告から「このバットでどついてん。女のことでもめて」という趣旨の返答を得たものであって、まさに「犯罪の用に供したと思われる凶器を所持しているとき」に該当する。これに対し、原告は、右金属バットは本件犯行現場付近で草むらに投げ捨てたままであるから、本件逮捕現場で差し押さえられるわけがないと主張するが、原告が再度金属バットを車内に持ち込んだか否かについてはD原、B山らの供述によっても明らかではない上、原告は本件傷害事件の取調べの過程において、金属バットの差押について何ら異議を述べず、所有権放棄に同意しているのであって、原告の主張は何の根拠もないものである。なお、原告の指摘する警察官調書の記載「当署司法警察員警部補寒川志朗が押収にかかる金属バット」は誤記であり、押収したのは志智である。

このように、本件逮捕には、準現行犯逮捕の要件(刑訴法二一二条二項一号、二号)が備わっている。

(2) 準現行犯逮捕手続の執行について

川本は、本件逮捕現場において、原告を下車させて逮捕した際、原告に対し、本件傷害罪の犯罪事実の要旨を告知するとともに、現行犯人として逮捕する旨及び弁護人選任権について告知した。さらに、原告の身柄を橿原警察署司法警察員に引致した後、司法警察員辻井章が原告に対し、現行犯逮捕手続書記載の犯罪事実の要旨及び弁護人選任権を告げた上、弁解の機会を与えて弁解録取書を作成しており、右録取書には、原告が「相手を殴る気持ちはなかった」「弁護人は松原脩雄さんをお願いする」と申し出た旨記載されているのであって、本件準現行犯逮捕に関する一連の手続には何ら瑕疵は存しない。なお、原告は、橿原警察署において、所持品を押収されず、自由に振る舞い、署内から知人らに電話しているから、逮捕手続は執行されていないなどと主張するが、これは本件逮捕手続執行後に、取調官が取調べに支障のない範囲で原告に配慮したに過ぎないのであって、本件準現行犯逮捕手続が執行されたこと自体は間違いない。

(3) 現行犯人逮捕手続書の内容について

本件現行犯人逮捕手続書は、法律上の要件を具備した適法な準現行犯逮捕を執行した後、作成されたものであり、逮捕の時間、本件犯行現場、逮捕場所、逮捕時の状況、現行犯人と認めた理由のいずれも事実どおり記載されている。また、原告の住所地については、原告の住所が転々としているときに、所要の調査の上記載されたものであり、仮に転々とした直前の住所地が記載されることがあっても、当該逮捕手続の効力に影響を及ぼすものではない。

(二) 虚偽の広報文の送信について

本件広報文の内容が虚偽であることは否認する。また、警察による刑事被疑事件の広報において、ファックスにより報道各社のルートに送信するのは、通常の取扱いである。

(三) 損害について

原告は、自らの悪質な犯罪行為から逮捕されたものであり、その犯行態様から見て、準現行犯逮捕されるのは当然のことである。本件におけるマスコミ報道及び議員辞職勧告とも、原告自身の行為が招いた結果であって、原告には、本件逮捕手続に関して、格別、慰謝の対象として評価されるような精神的損害が生じる余地はない。

そもそも、本件逮捕手続の違法性は、本件傷害事件の刑事訴訟手続において争うべきであるにもかかわらず、原告は、本件傷害事件に対する略式命令手続において、本件逮捕手続の違法性を一切主張することなく同意して、右略式命令は確定した。にもかかわらず、後日、民事事件として本件逮捕手続の違法性を主張することは、容認されるべきでない。

第三争点に対する判断

一  《証拠省略》によれば、以下の事実が認められる。

1  原告は、平成二年一一月ころ、飲食店でアルバイトしていたC川と知り合い、交際していたが、翌三年三月ころ、原告が別の女性と結婚することになって別れ、平成六年六月ころ再会して、再び交際するようになった。C川は、平成七年七月ころには、以前働いていた店で知り合ったB山と肉体関係があり、同年八月一日午後一時ころ、橿原市内の長寿村の駐車場でB山と待ち合わせ、C川の車は同所に置いたままB山の車で近くのモーテルに行き、関係を持った。原告は、同日午後一時過ぎころ、C川の携帯電話に架電し、C川が橿原市内にいると言ったことから、橿原市内のモーテルを探すなどした後、長寿村の駐車場にC川の車が停められているのを見つけて、同所でC川の帰りを待った。

2  原告は、同日午後二時三〇分前ころ、B山の車で戻ってきたC川を見つけ、B山の車に走り寄ってその前部を蹴り付けた。B山は、原告をC川の夫と勘違いしてその場から車で逃げ出し、橿原市総合プールの方角に車を走らせ、本件犯行現場に至ったが、その先(南側)が工事中で通り抜けられなかったため、同所で車を降りた。原告は、車で同所までB山を追跡し、助手席から金属バットを取り出して車を降りると、B山の車のフロントガラスを金属バットで叩き割った。さらに、原告はB山に対して金属バットで殴りかかり、B山が右バットを受け止めて両者はもみ合いとなったが、途中、B山は、原告の力に負けて口元にバットが当たったほか、原告に左肩を二回噛みつかれたため、近くにいた工事作業員のD原梅夫(以下「D原」という)に対し、警察を呼んでくれるように頼んだ。D原は、自己の携帯電話で、男二人がバットを持ってけんかをしていると一一〇番通報した。その後、B山は原告に対し落ち着くように説得し、互いにバットを放して話し合うこととして、双方ともバットを放した。原告は、道路脇に座り込んだが、B山に対し「場所を変えて話し合おう」「後を付いて来い」と言って、再び車で出発し、Uターンして本件犯行現場から北上した。B山は、やむなく原告の後を追うこととし、時速三〇ないし五〇キロで原告の後に付いて行き、本件犯行現場北側の三差路を右折しようとした。

3  一方、先の一一〇番通報を受けた奈良県警察本部通信司令室から橿原警察署に対して「橿原市雲梯町、橿原運動公園西側長谷川建設の現場で男二名によるけんか、内一名がバットを振り回している模様、直ちに現場急行せよ」との一一〇番指令が出された。川本及び志智は、雲梯町に隣接する慈明寺町付近で窃盗のよう撃捜査中であったが、右一一〇番通報を傍受したことから、直ちに現場方向へ向かい、前記三差路へ西から走行した。

ところで、川本車とB山車が遭遇した状況についての関係者の供述は、以下のとおりである。

(証人川本及び同志智)

三差路に向かって走行中、本件犯行現場から来て右三差路を右折して東へ走行していく二台の車を目撃した。川本らは、先行車がほとんど止まるそぶりも見せずに三差路を右折し、それに引き続いてすぐに後行車が追っていくのを見て、一一〇番通報された事件の関係者であると判断して後を追うことにし、六〇ないし七〇キロのスピードで追跡して、次の角を左折して橿原市総合プール東側道路を北上する途中で後行車に追い付いた。そこで、助手席に乗っていた志智が警察手帳を示したところ、後行車を運転していたB山が先行車を指し示しながら「あの車や、捕まえてくれ」と言い、その口元には血がにじんでいたことから、後行車が被害者で、先行車に犯人が乗っていると判断し、直ちに先行車の後を追いかけることにした。

(証人B山)

三差路の付近で、左方から来た警察の車(川本車)が前方に停止したので、B山も停止し、原告車を指さして「あれや」と口で言った。警察の車は、原告車を追跡していった。

(原告本人)

時速一〇キロ程度のゆっくりとしたスピードで運転し、橿原市総合プール東北側の角を左折するまで追走するB山車を確認していたが、その後しばらく走行して、二つ目の橋(塚原橋)に近い橿原市東坊城町六〇〇番地トキワプリント前路上で停止した。

4  川本及び志智は、サイレンを鳴らし、マイクで「警察です。前の車、止まりなさい」などと停止を求めながら、原告車を追跡したところ、原告車は、橿原市総合プール北東側の角を左折して曽我川沿いの道に入り、橋が架かっている場所から約三〇メートル進んだ地点である奈良県橿原市雲梯町三三三番地の二、橿原市総合プール北側市道上で停車したので、川本もその前に川本車を止めた。川本は、その場で、奈良県警察本部と橿原警察署に対し、被疑者を橿原運動公園北側で確保し、これから事情聴取を行う旨の無線連絡を入れ、志智は、直ちに原告車に向かった。

そのころ、橿原警察署の警察官らの運転する車及びB山車がそれぞれ本件逮捕現場に到着して、川本の車の前方に停車したことから、川本は、まずB山の事情聴取をすることにし、B山に対し、けがの理由を尋ねたところ、B山から、バットで殴られた上、バットの取り合いをしてもみ合っているときに肩も噛まれたと説明され、肩のけがも見せられた。さらに、川本は、B山が殴り合いになった現場からずっと原告に付いてきたことを確認した。

一方、志智は、原告に対し、警察手帳を示した上、まず人定確認のために免許証を出すように言うと、原告は、当初ぼうっとしていたが、三郷町議会議員のA野である旨名乗って免許証を提示した。そのとき、原告車の助手席に、足下から助手席シートに立て掛けるようにして金属バットが置かれていたことから、志智が「そのバットはどないにしたんや」と質問すると、原告は「このバットで、どついてん。女のことでもめて」と返答した。その後すぐ、橿原警察署の警察官二、三名のほか川本が来たことから、志智は、川本に対して原告の供述内容を説明し、川本から被害者の供述及びけがの状況について説明を受けた。

そこで、川本は、同日午後二時四〇分ころ、本件逮捕現場において、車を降りた原告に対し、傷害罪で逮捕する旨を告げ、原告立会の下で志智が原告の車を捜索し、金属バットを差し押さえた後、橿原警察署の警察官に対し、原告を同署へ連行することを依頼した。

5  川本及び志智は、橿原警察署に行き、同日午後三時一五分ころ、同署の刑事課長に対し、現行犯逮捕に至る事情を説明して原告の身柄を引致した後、橿原警察署の刑事課において、現行犯人逮捕手続書を作成した。その際、原告の住所については、免許証で確認した住所を基に、右住所地を管轄する西和署に対して住所表示を問い合わせた上、「奈良県生駒郡《番地省略》」と記載した。

6  原告は、橿原警察署の警察官らの車で連行されたが、その際、手錠をされることはなかった。同署に着いた後、まず辻井章巡査部長から犯罪事実の要旨及び弁護人選任権を告げられ、原告の供述として「今聞かせて貰いましたとおり、女性の事で相手方とケンカになり、私が持ち出したバットを相手方が取り上げ様とするし、私はそれを取り上げられない様にして双方もみ合いとなり、そのうちバットが相手の顔に当たったのです。ですから、相手を殴る気持ちはありませんでした。弁護士は松原脩雄さんをお願いします」と録取された弁解録取書に署名押印した。さらに、原告は、右辻井巡査部長及び横東の取調べを受けて、作成された供述調書にも署名押印した。その間、原告は、辻井らに対し、電話をかけたい旨告げて、橿原市議会議員のE田春夫、A田建設株式会社の社員及び原告の妻に対し、電話をかけた。

その後、原告が依頼をしたいと述べた松原脩雄弁護士に対して連絡がつかなかったことから、内橋裕和弁護士に依頼することとし、同日午後五時三〇分ころ、内橋弁護士が面会に訪れたが、その際、同弁護士から、逮捕されており、同署に泊まらなければならない旨の説明を受けた。

7  以上の認定事実に対し、原告は次のとおり主張するが、右主張に沿う原告本人の供述は採用できず、原告の主張を認めることはできない。

(一) 原告は、本件犯行現場を離れる際、B山と場所を変えて話し合う旨合意し、時速一〇キロ程度のゆっくりとしたスピードで運転していたと主張し、これに沿う供述をしている。しかし、証人B山は、突然原告に攻撃されて恐怖を感じており、原告に「後を付いて来い」と言われ、自己の車の番号も見られているし、逃げてもいつかえらい目に遭うかもしれないと考えて、後を付いて行くことにしたもので、その際の時速は三〇ないし五〇キロであったと供述しており、その内容は本件傷害事件の経過から見て自然であって、信用できる。また、速度については、原告及びB山の車が走っていくのを目撃した証人川本が、二台の車を追い上げるときの川本車の時速は六〇から七〇キロであったと供述していることとも合致する。しかも、原告本人が供述するように原告車が時速約一〇キロの速度で本件犯行現場から本件逮捕現場まで走行したとすることは、本件傷害事件の前後の経緯に照らして相当に不自然である。したがって、原告本人の供述は信用できない。

(二) 原告は、川本ら警察官に追い付かれた際、B山は原告車を指し示しただけで何ら被害を申告していないと主張する。しかし、証人B山は、川本らの乗っている車の上にパトライトが回転していたことから、同人らが警察官であることを認識し、原告車を指さして「あれや」と言ったこと、その後、車を止めて志智から事情を聞かれた際「バットでどつかれてん。左腕を噛まれて、車を破損されてん」と事情を説明したことなどを供述している。また、志智は、B山車に追い付いて警察手帳を示したところ、B山は左手で口を押さえていて血痕も付いていた上、こちらが警察だと認識して、すぐに「あの車や、捕まえてくれ」と答えたと供述している。このような両者の供述及び原告がB山に対して暴力を振るった経緯を併せて検討すると、B山は、川本らに対し、原告車を指し示すとともに、原告車に乗っているのが本件傷害事件の犯人である旨被害申告したものと解すべきである。

川本車とB山車が遭遇した状況についての関係者の供述について付言するに、証人川本及び同志智の各供述と証人B山の供述との間には、川本車とB山車が遭遇した地点などに相違がある。そして、平成八年一一月の原告代理人弁護士松原脩雄のB山からの聴取書には「後から追いついてきた……警察の車両」との記載があり、平成九年一一月の原告代理人弁護士松原脩雄、同田中啓義のB山からの聴取書には「警察の覆面パトカーらしき自動車が後方よりやってきて、B山の自動車の前方に周り込んで停車した」との記載があって、この点に関する証人B山の記憶の正確性に問題がないわけではない。しかし、いずれの供述によっても、B山が原告車を指示して「あれや」と述べたことは十分に認めることができる。なお、原告が供述するように橿原市総合プール東北側の角を左折するまで、追走するB山車を原告が確認していたというような事実は、後に認定する本件逮捕現場の位置に照らして、到底考えられない。

(三) 原告は、警察官らに事情を聞かれた時間は二時四七分から五五分ころであると主張し、その理由として、本件犯行現場からD原が一一〇番通報をしたのは二時三〇分ころであることは間違いなく、原告とB山は約一〇分間金属バットを取り合っていたこと、金属バットを放してから約一〇分間その場に座って話をしていたこと、本件犯行現場から本件逮捕現場までゆっくり走行したので約五分かかることなどを挙げている。確かに、原告とB山が金属バットを取り合っていた時間について、原告本人は「一〇分間はあった」、証人B山は「五分か、一〇分か」、目撃者の証人D原は「まあ一〇分程度」と各供述し、話し合っていた時間についても、原告本人は「一〇分くらい」、証人B山は「二分か三分くらい」、証人D原は「一〇分程度」と各供述する。しかし、三年近く前のけんかの時間について分単位の正確な記憶があるはずはなく、右各供述から逮捕の時間を認定することは困難である。一方、B山の本件傷害事件の当日である八月一日付警察官調書には「原告が逮捕されたのは長寿村から約一〇分たったころ」と、D原の同日付警察官調書にも「私が一一〇番通報して五分あまりした時、パトカーに乗ったお巡りさんがこの場所に現われた」との記載があり、さらに、B山の平成七年一〇月一二日付検察官調書には、バットの取り合いの時間を「三分くらい」と、D原の同日付検察官調書には、もみあいの時間を「二~三分」と、話し合っていた時間も「二~三分」との各記載がある。そして、証人B山、同D原の両者ともことさら虚偽の供述をする理由はなく、当時の記憶のまま正確に調書を作成したと述べていることからすれば、これら犯行当日の警察官調書における供述の方が証人としての供述よりも信用性が高いと考えられる。そのほか、原告を逮捕した川本は、逮捕する際時計を見て時間を確認したと述べていることなどをも考慮すると、原告を逮捕した時間は二時四〇分ころであったと認めるのが相当である。

(四) 原告は、本件逮捕現場について、橿原市総合プール東北側の角を左折してからしばらく走行した二つ目の橋(塚原橋)に近い橿原市東坊城町六〇〇番地トキワプリント前路上であり、現行犯人逮捕手続書に記載された逮捕の場所と異なると主張する。しかし、原告は、本件逮捕現場が三つ目の橋(花の木橋)の手前である旨の陳述書を作成しており、その中には「ワゴン車で移動してすぐに吉田歯科の看板が見えていたことを、今でもよく覚えています」などとの記載も見受けられるのである。そして、証人川本及び同志智の各供述のみならず、証人B山も、原告が車を止められたのは橿原市総合プール東北側の角を左折して一つ目の橋付近であると供述しており、この場所は現行犯人逮捕手続書の記載と一致する。したがって、この点の原告本人の供述は信用できない。

(五) 原告は、金属バットについて、B山とのもみ合いを終わる際に投げ捨てたと供述し、したがって本件逮捕現場では車内になかったと主張する。確かに、証人B山は、原告が座り込んだ時には金属バットを捨てていたと供述し、同D原も、原告が金属バットをほかしたのを見たような記憶があると供述していることからすれば、原告が本件犯行現場において一旦金属バットを放したこと自体は間違いないと認められる。しかしながら、金属バットをどのくらいの距離に投げ捨てたのか、その後再び車に乗り込む際に原告が金属バットを拾っていたか否かについては、B山、D原とも記憶がないのであって、原告が本件犯行現場において金属バットを放したことのみを理由として、本件逮捕現場において原告の車内に金属バットがなかったということはできない。一方、本件傷害事件の当日午後三時一五分に作成された弁解録取書には、前記のとおり「女性の事で相手方とケンカになり、私が持ち出したバットを相手が取り上げ様とするし、私はそれを取り上げられない様にして双方もみ合いとなり、そのうちバットが相手の顔に当たったのです」と、同日作成された現行犯逮捕手続書には「同人の車両内には、一一〇番指令のとおり金属バット一本があったため、追及したところ、女の事でもめたからバットでどついたってんと傷害の事実を認めた」と記載され、更に同日作成されたB山の警察官調書にも金属バットを示して確認した旨の記載がされており、これらの書類の内容から見て、各書類の作成時点において金属バットの存在が確認されていると考えられる。また、同日付の金属バットの差押調書が志智により作成されており、証人志智は、原告に事情聴取した際、助手席に立て掛けられた金属バットを見つけ、「そのバットはどないにしたんや」などと職務質問すると、原告が「このバットでどついてん。女のことでもめて」と返答したと供述している。このように、金属バットの存在を前提とした多数の調書が作成されていること、各調書の記載内容が具体的であることなどに照らして検討すると、原告の主張するように、警察が事後的にこれらの調書をすべて捏造したものとは考え難い。なお、原告は、金属バットを差し押さえたのは志智であるにもかかわらず、B山の八月一日付警察官調書では「寒川志朗が押収にかかる金属バット」と記載されていることを指摘して、金属バットは本件逮捕とは別の機会に押収されたものであると主張する。しかしながら、証人志智の供述によれば、差し押さえた金属バットは本件犯行現場において橿原警察署の警察官に渡して持ち帰ってもらったというのであり、寒川志朗が同署の警察官であること、原告の八月二日付警察官調書では「志智則隆が差押えにかかる金属性バット」と記載されていることからすると、B山の調書の記載は単なる誤記である可能性が高く、また、捜査関係資料の中には警察において原告が金属バットを投げ捨てたと主張する本件犯行現場を別途捜索したことをうかがわせる資料はない。そのほか、本件傷害事件の刑事手続を通じて、原告が金属バットの差押手続の違法性を主張したことがないことなどの事情も併せ考慮するならば、金属バットは本件逮捕現場において原告の車内にあったものであり、これを事情聴取した志智が押収したと認めるのが相当である。

(六) さらに、原告は、本件逮捕現場において、逮捕される旨告げられておらず、橿原警察署に着いた後も、犯罪事実の要旨及び弁護人選任権の告知を受けていないと主張する。しかしながら、証人B山の供述によれば、川本らは覆面パトカーに乗って表示灯を点滅させながら原告車を追っていること、本件逮捕現場に着いたB山は、川本に対し、バットで殴られ肩も噛み付かれてけがをした旨申告していることが認められる上、前記認定のとおり、原告の車内には金属バットが置かれていたのであって、このような状況の下で原告を橿原警察署に連行するに際し、現行犯逮捕する旨を告げていなかったとは考えにくい。そのほか、橿原警察署に着いて間もなく作成されたと思われる弁解録取書には「現行犯人逮捕手続書記載の犯罪事実の要旨及び弁護人を選任することができる旨を告げた上」と記載されており、原告がこの録取書に署名押印していることからすれば、原告は本件逮捕現場から橿原警察署に連行される際、傷害罪で現行犯逮捕される旨を告げられ、同署に着いて司法警察員に引致された後すぐに、被疑事実の要旨及び弁護人選任権を告げられていると認められる。なお、原告本人は、右弁解録取書について、署名押印した時には「現行犯逮捕手続書」と記載された部分は空白だったと供述するが、右弁解録取書の内容を見ると、原告の言い分や弁護人についての希望が具体的に記載されており、その筆跡と右「現行犯逮捕手続書」の筆跡は同一であるから、原告に記載内容を読み聞かせて署名押印をさせる際には右弁解録取書の記載部分はすべて記載されていたものと見るのが自然であって、原告本人の供述は採用できない。

二  右認定事実を前提として、原告の主張を検討する。

1  現行犯逮捕手続の違法性について

(一) まず、本件逮捕は準現行犯逮捕の要件を具備しているか否かを検討する。

準現行犯逮捕が認められるためには、①犯人として追呼されているとき、②犯罪に供したと思われる凶器を所持しているとき、のいずれかに該当することが必要である。これらの要件は犯罪と犯人の明白性を客観的に担保するものであり、その者が犯人であると明確に認識している者から逮捕を前提として追跡又は呼称されていたり、犯罪の用に供したと思われる凶器を所持している場合には、その者が特定の犯罪の犯人であることが明白であり、誤って逮捕されるおそれも少ないことから、令状なしに逮捕できるとされたものと解される。

これを本件について見ると、前記認定事実によれば、本件傷害事件の被害者であるB山は、本件犯行現場からずっと原告に付いて運転してきたものであり、一度も原告を見失っていないこと、途中で遭遇した警察官に対し、原告の車を指で示しながら「あれや」と言っていること、その後、警察官らが原告の車を停止させて職務質問をした際、原告の車の助手席には金属バットが立てかけられていたことなどが認められるのであって、①被害者であるB山から犯人として追呼されており、②犯罪の用に供した金属バットを所持しているときに該当する。

したがって、本件逮捕は、準現行犯逮捕の要件を具備していると認められる。

(二) 次に、準現行犯逮捕手続が執行されたか否かを検討する。

被疑者を準現行犯逮捕した場合には、直ちに司法警察員に引致し、犯罪事実の要旨及び弁護人を選任することができる旨を告げた上、弁解の機会を与えることが必要である(刑訴法二一二条、二一六条、二〇二条、二〇三条参照)。

本件においては、前認定のとおり、川本らは、原告に対し、傷害罪で逮捕する旨を告げて橿原警察署の警察官らの手によって同署へ連行し、同署において刑事課長に引致したこと、同署司法警察員辻井章は、原告に対し、犯罪事実の要旨及び弁護人選任権を告知した後、原告の弁解を聞いてこれを録取したことが認められるから、適法に準現行犯逮捕手続が執行されたということができる。

(三) さらに、現行犯人逮捕手続書の内容が虚偽であるか否かを検討する。

前記認定事実によれば、逮捕の時間は二時四〇分ころ、逮捕場所は奈良県橿原市雲梯町三三三番地の二、橿原市総合プール北側市道前であるから、手続書の記載内容に誤りはない。本件犯行現場については、《証拠省略》によれば、確かに橿原市総合プールの南側ではあるものの、右プールの南東には橿原運動公園があり、その周辺は造成中であって、川本はこれら橿原市総合プールから運動公園までを含めて橿原市運動公園と呼び、その西側として本件犯行場所を特定したことが認められるから、原告の指摘する点は単なる表記の違いであって、本件犯行現場が事実と異なるということはできない。また、原告の住所については、《証拠省略》によれば、原告は平成七年六月一二日に奈良県生駒郡《番地省略》から同《番地省略》(三〇一号室)に転居していることが認められるが、志智の供述によれば、原告の運転免許証の住所を確認し、その地番について右住所地を管轄する西和署にも確認を取った上で記載していることが認められ、準現行犯逮捕の時点においてこれ以上調査することは時間的にも不可能であるから、仮に逮捕手続書に記載された住所地が現在の住所地ではなく、その前の住所地であったとしても、本件逮捕が違法であるということにならないのは当然である。

そのほか、逮捕時の状況及び現行犯人と認めた理由についても、以下に述べるとおり、原告が指摘する点は、前記認定事実に照らして、虚偽の記載ということはできない。

① 原告は、傷害罪で逮捕されることを告げられ、橿原警察署の警察官が運転する車で連行されており、その間、抵抗等した事実はうかがえないから、「逮捕する旨告げたところ、『すいません』と言い、素直に逮捕に応じた」ものと推認される。

② 原告及びB山の車は、本件犯行現場を離れるに際し、三〇ないし五〇キロのスピードで走行しており、B山は原告車に付いて走っていたのであるから、原告車及びB山車が引き続いて本件犯行現場から走り去るのを目撃した川本らにおいて「猛スピードで追尾している」と記載したとしても、多少誇張しているきらいがあるとはいえ、虚偽の記載であるということはできない。

③ B山は、途中で遭遇した川本らに対し、原告車を指し示して、少なくとも「あれや」と言っているのであるから、その記載内容に誤りがあるとは認め難い。

④ 本件逮捕現場において、原告の車内には金属バットがあったのであるから、記載内容に誤りはない。

(四) 以上のとおり、本件逮捕は、準現行犯逮捕の要件を具備して適法に執行されており、その手続書の記載内容にも格別の不備はないのであるから、何ら違法性は認められない。

2  虚偽の広報文の送信について

前記のとおり、本件逮捕手続は適正に行われており、原告が傷害罪で逮捕された点について何ら虚偽はない。また、原告は、本件広報文がことさら女性関係を強調していると主張する。しかし、《証拠省略》によれば、原告は、逮捕された八月一日当時、けんかの原因を女性問題として警察官に説明していることが認められ、原告自身、C川をかばうために、C川と交際中であり、B山をその浮気相手として説明したことを認めている。

そして、本件広報文はこのような原告の供述に基づいて作成されたものと認められるから、本件広報文がことさら女性関係を強調しているということはできない。なお、本件広報文では、犯行場所の地番を「橿原市雲梯町三三三番地の二橿原市総合プール北側路上」として事実と異なる記載されているが、現行犯人逮捕手続書等には正しい地番が記載されていることに照らせば、単なる誤記であると認められる上、本件広報文の趣旨は原告が傷害罪によって逮捕されたという点にあり、暴行及び傷害の程度については正確に記載されているのであるから、犯行場所の地番の誤りをもって、本件広報文の内容が虚偽であると主張するのは当たらない。要するに、本件傷害事件の内容に照らし、本件広報文の送信が原告に対し、違法に何らかの損害を与えたような事実を認めることはできない。

3  以上のとおり、本件逮捕手続及び本件広報文の送信に違法の点は認められないので、原告の請求は、その余の点について判断するまでもなく、理由がない。

三  以上の次第で、原告の請求を棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法六一条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 前川鉄郎 裁判官 川谷道郎 松山遙)

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